暗闇が当たり前だった時代、人は夜をどう過ごしていたのか
先日、ある本を買いました。
ロジャー・イーカーチ著『失われた夜の歴史』です。
この本には、街灯や電気の明かりによって夜が照らされるようになる前の時代に、人々がどのように夜を過ごしていたのかが書かれています。
僕がこの本を読んでみようと思ったきっかけは、ある日ふと、
「今のように夜でも街灯があり、家の中にも電気がある時代ではなかった頃、人はどんな夜を過ごしていたのだろう?」
と思ったことでした。
現代の私たちにとって、夜に明かりがあることは当たり前です。
日が沈んでも、街灯が道路を照らし、コンビニやお店の明かりがあり、家に帰れば照明をつけることができます。
夜だからといって、真っ暗になるわけではありません。
では、街灯も電気もなかった時代。
太陽が沈めば、本当にあたりが暗闇に包まれていた時代。
人々にとって「夜」とは、いったいどんな時間だったのでしょうか。
夜が恐ろしかった時代
『失われた夜の歴史』を読んでいると、昔の人々にとって夜は、現代の私たちが想像する以上に「恐ろしい時間」だったことがわかります。
当時、夜の世界は太陽の光が届かない「闇の世界」でした。
そして、その闇の中には悪魔や魔物など、人間には見えない恐ろしい存在が潜んでいると考えられていました。
つまり、夜は単に「暗い時間」ではありません。
「何か恐ろしいものが潜んでいるかもしれない時間」だったのです。
そのため、夜になると人々は家の戸や窓をしっかりと閉め、カーテンなどで外から家の中が見えないようにして、朝が来るまで身を守っていました。
現代の感覚からすると、少し大げさにも感じます。
しかし、電気も街灯もなく、夜になれば本当に周囲が暗闇に包まれてしまう環境を想像すると、当時の人々が夜を恐れたことも、少し理解できるような気がします。
夜に玄関や窓を叩く音がしても……
特に印象に残ったのが、夜に玄関の戸や窓を叩くことに対する考え方です。
夜に戸や窓を叩く音がしても、それに反応してはいけない。
なぜなら、それは悪魔かもしれないからです。
もちろん、現代の私たちからすると、「誰かが訪ねてきたのでは?」と考えるところです。
しかし、夜そのものが恐ろしいものと考えられていた時代には、そう簡単には考えられなかったのでしょう。
夜の闇の向こうに何がいるのかわからない。
その「わからない」ということ自体が、人々の恐怖につながっていたのだと思います。
夜に犯した犯罪は、昼よりも重かった?
さらに興味深かったのが、犯罪についての考え方です。
同じ犯罪であっても、それを昼に犯した場合と夜に犯した場合では、夜に犯したほうが重い罪として扱われることがあったそうです。
それほどまでに、「夜」という時間そのものが特別な意味を持っていたのです。
夜は悪魔や魔物が活動する時間。
そんな考え方が社会の中に根付いていれば、夜に起こった出来事を、昼間とは違ったものとして捉えるのも不思議ではありません。
現代では、夜は単に「一日の後半」です。
仕事が終わったら食事をし、お風呂に入り、テレビを見たり、スマートフォンを触ったりして過ごす。
人によっては、夜遅くまで友人とお酒を飲んだり、仕事をしたり、趣味を楽しんだりすることもあります。
しかし、昔の人々にとって夜は、今とはまったく違う意味を持つ時間だったのです。
「早く朝になってほしい」と願う夜
夜に騒いでいると悪魔がやってくる。
そんな考えもあったため、夜遅くまで大きな声で騒ぐこともありません。
人々はベッドに入り、できるだけ静かに過ごしながら、朝を待ちました。
そして、
「早く朝になってほしい」
と願いながら夜を過ごしていたのです。
今の私たちからすると、なかなか想像しにくい夜の過ごし方です。
現代では、夜になっても照明をつければ明るくできます。
スマートフォンを見れば、世界中の情報を見ることができます。
テレビや動画を楽しむこともできます。
夜中でもコンビニに行くことができます。
つまり私たちは、太陽が沈んだ後も「昼間に近い環境」を作ることができるようになりました。
その結果、夜は「眠るまでの時間」だけではなく、「自由に活動する時間」にもなっています。
昔の夜と、現代の夜
『失われた夜の歴史』を読んでいて面白いと感じたのは、昔と今では「夜」という同じ時間でも、その意味がまったく違うということです。
昔の人々にとって、夜は暗闇の中で身を守りながら朝を待つ時間でした。
一方、現代の私たちにとって夜は、明るい照明の下で仕事をしたり、テレビやスマートフォンを楽しんだりする時間にもなっています。
これは、人間の生活にとって、とても大きな変化なのではないでしょうか。
そして、睡眠について考えるときにも、この「夜の変化」はとても興味深いテーマだと思います。
本来、太陽が沈めば暗くなり、朝になれば明るくなる。
人間は長い間、そうした自然の明暗の中で生活してきました。
ところが現代では、夜になっても明るい。
自分の意思で明かりをつけ、夜遅くまで活動することができます。
便利になった一方で、「夜になったから休む」という自然なリズムを保つことが難しくなっている面もあります。
もちろん、昔の生活に戻る必要はありません。
街灯も電気も、私たちの生活に欠かせない大切なものです。
ただ、「昔の夜はどんな時間だったのか?」と考えてみると、現代の私たちが当たり前だと思っている「夜の過ごし方」が、実は人類の長い歴史の中では比較的新しいものなのだと気づかされます。
夜を知ると、今の睡眠が少し違って見えてくる
今回、『失われた夜の歴史』を読んで、僕が改めて感じたのは、
「夜」という時間は、時代によってこれほど大きく変わるものなのか
ということでした。
今では、夜でも明るく、便利で、さまざまなことができます。
だからこそ、ときには少しだけ照明を落とし、スマートフォンから離れ、静かな夜を過ごしてみる。
そんな時間を意識してみるのも、睡眠を考えるうえでは大切なのかもしれません。
昔の人々が恐れていた「真っ暗な夜」。
現代の私たちは、その暗闇を電気によって追い払うことができるようになりました。
しかし、夜が暗くなることには、人間の体にとって本来の意味があったのではないでしょうか。
『失われた夜の歴史』は、昔の人々の生活を知ることができるだけでなく、
「私たちは夜をどう過ごすのが自然なのか」
を考えるきっかけにもなる一冊だと感じました。
睡眠や寝具について考えるとき、どうしても「何時に寝るか」「何時間眠るか」といった数字に目が向きがちです。
でも、その前に「夜とは本来どんな時間なのか?」と考えてみる。
そんな視点から、自分の夜の過ごし方を見直してみるのも面白いかもしれません。
記事を書いた人
水谷 祐介|快眠・寝具アドバイザー/オーガニックコットン販売士
複数の睡眠資格を取得し、これまでに100冊を超える睡眠関連の本を読んできました。
お客様一人ひとりの睡眠の悩みに寄り添いながら、毎日の眠りをより快適にするための寝具選びをお手伝いしています。



























