エシカルとラナ・プラザ事故

「エシカル」を考えるとき、決して忘れてはいけない事故があります。
それが「ラナ・プラザ崩落事故」です。
2013年4月24日(現地時間)、バングラデシュのダッカ近郊で、縫製工場が入ったビルが崩落し、死者1,100人以上、行方不明約500人、負傷者2,500人以上という未曽有の悲劇を生みました。

この建物は元々5階建てでしたが、縫製工場を設けるために違法な増築が重ねられ、最終的に8階建てになりました。

前日には建物に亀裂が見つかり、現場の従業員たちは「危険なので休ませてほしい」と訴えました。しかし工場側はそれを無視し、「休めば解雇する」と脅しました。
当日も、従業員が建物に入ることを拒否すると、オーナー側は角材を振り回して脅し働くしかない状況に追い込んだのです。やがて建物は崩れ落ち、わずか90秒のうちに多くの命を奪いました

この事故が世界に衝撃を与えたのは、事故そのものの規模よりも、その現場で何が作られていたかにあります。そこでは、有名ブランドの衣服が縫製されていたのです。
劣悪な環境で、人権を無視した労働の末に作られた服を、私たち先進国の人々が当たり前のように着ていたという事実が、多くの人の心を揺さぶりました。

ドキュメンタリー映画『ザ・トゥルー・コスト』の中で、縫製工場で働く女性が語った
「私たちの血でできた服を着てほしくない」
という言葉は、ただの比喩ではありません
彼女たちは1日14時間以上働き、休憩もまともに取れず、トイレにも自由に行けません。休みは月に1〜2回または無し。暑さ寒さ対策のない環境で、形だけの消火設備や開かない非常口の中で働いています。そんな労働条件で、もらえるひと月の賃金はTシャツ2枚分の金額しかありません。

また同作品には、ファストファッションを「安い・楽しい」と消費する人々の姿も映っています。
SNSで「セールでこんなに買っちゃった」と笑顔で話す人、店の開店と同時にサイズや金額を確認せずに服を次々と手に取る人々。その光景を見たとき、私は「この人たちは何を買っているのだろう」と強い違和感を覚えました。

さらに、日本でも驚くべき調査結果があります。2022年度の環境省のデータによると、日本人が1年間で1回も着ない衣服は約35枚にのぼります。これは、1年間に購入する衣服の約2倍に相当します。不要な服が大量に捨てられている現実が、消費の仕方そのものを問いかけています

「エシカル」は直訳すると「倫理的な」と言う意味ですが、そこから「人や社会、地球に配慮した行動・考え方」を意味します。

エシカルを理解するとは、
・自分の選択が誰かの暮らしや未来につながっていることを知る
・見えないところの背景に目を向ける
・過去の出来事から学び、未来に活かす
という視点を持つことだと、私は考えています。

服や食べ物、日用品。私たちの身の回りにあるものは、どこで・誰が・どんな場所で作っているのでしょうか?
今日買うものが、明日の誰かの生活や地球の未来につながるのなら、選び方を少し変えるだけで社会は変わっていきます

「エシカル」を考えることは、自分自身の価値観と向き合うことでもあるのです。

ラナ・プラザ崩落事故」は、単なる過去の事件ではありません
そこには、私たち消費者の選択・価値観・行動が直結しているというメッセージが込められています。
エシカルを知るということは、
“安さ”や“便利さ”だけではない価値を見つけ、選択すること
今日より少しだけ、誰かの暮らしや未来を想像してみることから始まります。
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参考映像・書籍
『ザ・トゥルー・コスト』
『エシカル革命 新しい幸せのものさしをたずさえて』末吉里花著

本記事の内容の一部は、筆者がオーガニックコットン販売士の講義およびエシカルライフアドバイザーの中で学んだことをもとにしています。
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記事を書いた人
水谷祐介
オーガニックコットン販売士/エシカルライフアドバイザー/睡眠健康指導士(初級)

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